フィリップ・K. ディック(山形浩生訳)『ティモシー・アーチャーの転生』

続けて三部作の完結編。でも、これまで二作の破綻含みののはちゃめちゃさからはほど遠い、まっとうな作品だった。まっとうといっても平凡とかではなく、とても質が高いのだ。神学論争や神秘体験などテーマに共通している部分はあるものの別物という印象が濃い。 ...

フィリップ・K・ディック(山形浩生訳)『聖なる侵入』

引き続いて三部作の第二作を読む。 前作『ヴァリス』が現代を舞台にしてSF要素が希薄だったのに対し、本作は形式的にはまちがいなくSFだ。辺境の惑星で自分のドームでひきこもり生活をしているハーブ・アッシャーに突然現地の山に住む神ヤーの声がきこえる。実はヤーは追放された地球の神で、ハーブの隣人ライビス・ロミーを処女懐妊させ、彼女とともに地球に帰ろうとしている。カムフラージュのため、ハーブには、おなかの子の父親として、一緒に地球に帰れというのだ。彼らはなんとか地球に帰り着くが、事故によりライビスは亡くなり、ハーブも臓器移植を待つ間10年間仮死状態になってしまう。しかしおなかの子は脳に損傷を負うもののエマニュエルと名づけられ成長する。 ...

フィリップ・K・ディック(浅倉久志訳)『高い城の男』

第2次大戦で日本、ドイツなどの枢軸国側が勝利した世界を舞台にした歴史改変もの。戦争終結が1947年で、この小説の中ではそれから15年後の1962年のアメリカだ。アメリカは3分割され、東部はドイツの傀儡国家で、西海岸は日本の傀儡、中西部は緩衝地帯になっている。ドイツは戦争に勝利してからもジェノサイドの手をゆるめず、世界各地でユダヤ人以外にもおぞましい虐殺をおこなっていた。対照的に日本はそれなりに人道的に統治を行っており、登場する日本人も高潔で穏健な人ばかりだ。1962年の時点で世界は概ね平和だが、次なる波乱の兆候はすでにその姿をあらわしはじめていた。 ...

フィリップ・K・ディック(山形浩生訳)『ヴァリス』

序盤は、ホースラヴァー・ファットという小説家が友人女性の自殺をきっかけに精神の平衡を失い奇妙な幻覚や妄想にとらわれ、自殺を試みたり独自の神秘思想を生み出すまでになっていく様を、ファット自らが「必要不可欠な客観性を得るべく三人称で書いている」という体で描かれている。壺から出てきたピンク色の光線の啓示で息子の病気を言い当てたりしたことや、神秘思想の内容を含めて、実際これはほぼディック自身に起きたことであるようだ。時折登場する「ぼく」という一人称の視点からは、こういったことはすべて疑わしいことと扱われていて、その客観性のおかげで実話ベースのセミドキュメンタリーを読んでいるような気持ちになってくる。 ...