四方田犬彦『モロッコ流謫』

モロッコ流謫 (ちくま文庫)

夏になると遠くの知らない町にいくかわりに知らない町を舞台にした本を読みたくなる。アフリカ大陸の北端地中海に面したモロッコはそういう旅情のもっえいきどころとしてぴったりな国だ。著者の四方田犬彦さんの本を読むのは『月島物語』以来だ。東京下町の月島の長屋に定住する内容だったけど、あれもある意味旅行記だった。

モロッコの中から、かつての国際都市でいまやその輝きが失われたタンジェ、中世の趣を保った猥雑な旧市街と近代的に整備された新市街から構成されるフェズというふたつの特徴的な町と、砂漠地方への旅が語られる。旅は土地の風物に留まらず、この地で暮らす人間にも踏み込んでいく。

具体的には『シェルタリング・スカイ』等で知られる作家ポール・ボールズだ。ボールズは1910年にアメリカで生まれ、1947年からはずっとモロッコのタンジェに住み続けている。彼は1999年に亡くなっているが、この紀行文にはそれ以前の著者とボールズとの交流が描かれている。ボールズの作品についても紙幅が大きくさかれていて、ぼくはまったく読んだことがなかったが俄然興味をひかれた。西欧の理性を体言するような人物がモロッコの「野蛮さ」によって蹂躙されてしまうという話が多い。それを冷徹な筆致で描いているが、そこに漂うマゾヒスティックで甘美な響きは隠しきれない。

ボウルズの人生が作品以上にすごい。彼はバイセクシャルで、レズビアンで作家だった妻ジェインと結婚する。そのジェインはモロッコで謎の女性に翻弄され狂気に陥り56歳で亡くなることになる。ボウルズはもともと職業的な作曲家だったが、ジェインの影響で文学に手を染めることになる。ジェインの作品は数少なくてマイナーだが、ボウルズが作家として有名になってしまったのは皮肉だ。

ボウルズの小説の前に音楽をききたくなった。検索するとCDが何枚かヒットする。