村上春樹『街とその不確かな壁』
村上春樹作品で一番好きなのは『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』なのだが、これはその文字通りの姉妹編。今回の出版ではじめて知ったのだけど、1980年に雑誌掲載されたあとお蔵入りになっていた『街と、その不確かな壁』(読点がついている)という幻の中編があるらしく、「世界の終わり」の壁に囲まれた街はもともとこの作品に描かれたものだった。単角獣、夢読み、影など主要な要素はそのまま持ち込まれたものの、ストーリー展開はまったく別だった。本書はそのストーリーを含めてリライトを試みた部分が核となっている。
その核となるストーリーはいつもの春樹的なもの。男の子がいて女の子がいて恋をするが女の子が突然消えてしまう。何年もたって男(もう男の子ではなくなっている)は女の子(相変わらず女の子のままだ)の実体が暮らす壁に囲まれた街に入りこむ。男は女の子の勤める図書館で夢読みに励み徐々に街の生活に慣れていくが、このまま街に残るか外に出るかの結論を迫られる。そして彼が選択したところで第一部は終わる。
あとがきによるとこの時点でいったん完結ということで筆をとめてしばらく寝かしておいたとのことだ。しかし、この作品の真骨頂はその後書かれた第二部にあると思う。語り手が館長を務めることになる図書館の前館長の子易さん、イエローサブマリンのパーカーの少年など登場人物が印象的だ。子易さん、主人公、イエローサブマリンの少年は30年つまりちょうど一世代ずつ年齢が離れていて、子易さんは村上春樹の実年齢に近いが、内的自己はまだ主人公くらいで、少年は継承していかなくてはいけない次世代の象徴なのかなと、このあたりに彼の実人生に対する思いが書き込まれているような気もする。
個人的に、最後の第三部は第ニ部を否定する感じでよくわからなくなるパートだった。こういう展開にするのならニ部と三部は逆の方がよかったのではないかと思ってしまった。
ひとつ意外に思ったのは具体的なセックスシーンがまったくなかったこと。これまでスパゲッティをゆでるみたいにカジュアルに描かれていたので(スパゲッティは今回もゆでている)、登場しないのは年齢的なこともあるのだろうかと考えてしまった。
いずれにしてもここ最近ではこれぞ村上春樹というドストライクな作品だった。『海辺のカフカ』以来かもしれない。
★★★