村上春樹『猫を棄てる 父親について語るとき』
村上春樹が初めて自分の父について書いたエッセイ。中くらいの短編の長さだが、刊行にあたって他の作品と組み合わせるのが難しいということで台湾出身の高妍さんの挿絵をつけて単独で出版されている。
村上春樹さんの父村上千秋は1917年に生まれ、2008年に亡くなっている。寺の住職の子として生まれたが、教師を努めていた。
結婚後すっかり疎遠になってしまい。「とくに僕が職業作家になってからは、いろいろとややこしいことが持ち上がり、関係はより屈折したものになり、最後には絶縁に近いものになった」ということだが、「まとまった形で文章にしなくてはならない」と思っていたそうだ。
少年時代の、父とともに海岸に猫を棄てにいった記憶からはじまり、父の従軍体験を歴史から掘り起こし、自分がこの世に生を受けることになった偶然の神秘について思いをはせている。
ファンとして飾りがない率直な文章が読めるのはうれしい。電車のなかの1時間ちょっとで読み終えてしまった。高妍さんの柄には不思議な味がある。1996年生まれで、今や台湾は日本以上の先進国だと思うが、ノスタルジーを感じた。
今回語られたのは、ある時代を生きたひとつの人生の片鱗と、その子どもとの、一般的な交情と葛藤だけど、今回、生々しすぎて語りたくないとして退けられれた、具体的な葛藤の詳細は、いつの日か語られる日が来るのだろうか。むしろそこに、父村上千秋の人間像が浮かび上がる気がしている。
★★