ケン・リュウ編(中原尚哉・他訳)『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』
中国系アメリカ人SF作家のケン・リュウが現代中国のSF作家7人の作品12編(とエッセイ3編)を選んで英語に訳したアンソロジー。本書はそれをさらに日本語に訳した重訳だ。そのほか、ケン・リュウによる序文と各作家の紹介がおさめられている。
率直にいって、どれもおもしろい。それも中国ならではというようなローカルな要素はあまりなく、SFというジャンルの王道をゆく、センスオブワンダーにあふれたおもしろさだ。エンターテインメント性ももちろんだけど、言論の自由が制限されているはずなのに、SFというジャンルの機能のひとつである社会・文明批評的な鋭さをもった作品が少なくない。
また、7人のうち4名が女性作家というのも、日本の女性SF作家といえばいまだに新井素子くらいしか思い浮かばないことを考えれば、きわめて特徴的だ。当然だが、作品の内容も特に女性ということを意識させない。そのなかのひとり、夏笳が書いたエッセイを読んでも、批評家としての見識がうかがえる文章で、SFというジャンルを俯瞰して自分の世界観や問題意識を表現するための手段と見ていることがわかる。このあたり、日本では、女性に限らず、作家になるひとは、そのジャンルに耽溺したファンであることと対照的だ。
ひととおり収録作を列挙しておく。
- 陳楸帆
- 『鼠年』
- 『麗江の魚』
- 『沙嘴の花』
- 夏笳
- 『百鬼夜行街』 - 人工的に造られたリアル幽霊テーマパークの崩壊。喪失感がたまらない。
- 『童童の夏』
- 『龍馬夜行』
- 馬伯庸
- 『沈黙都市』 - 現代のテクノロジーでスマートに実現された『1984』の世界。中国の検閲体制の暗示させる(さすがに原作はこの通りではなく、飜訳にあたり加筆・修正したとのこと)。
- 郝景芳
- 『見えない惑星』 - カルヴィーノ『見えない都市』の単なる翻案に終わらずその先の水平線を垣間見させてくれた。英語版の表題作は実はこっち。
- 『折りたたみ北京』 - 時間別の折りたたみ式になった北京と階層間の断絶を描いた作品。
- 糖匪
- 『コールガール』
- 程婧波
- 『蛍火の墓』 - 少女と母の道行きの果てに待つボルヘス的な迷宮世界。
- 劉慈欣
- 『円』 - 始皇帝の時代に計算機をつくろうとした男。
- 『神様の介護係』
★★★