村田沙耶香『消滅世界』ebook

消滅世界

人工授精が一般化しセックスによる生殖が行われなくなった並行世界の日本が舞台。夫婦は人工授精で生まれた子供を育てるための姉弟や兄妹のような関係で、夫婦間でセックスをすることは「近親相姦」と呼ばれてタブーとなり、それぞれ別に恋人(リアルの人間の場合もあればフィクションのキャラクターである場合もある)をもつことがふつうになる。そんななか生身のセックスをする人たちはどんどん減ってゆく。

かつての千葉県は実験都市・楽園《エデン》となり、壮大な社会実験が行われている。授精は決められた日に一斉に抽選で選ばれた人(男女問わない。男は開発中の人工子宮をつける)に対して行われ、生まれた子供は公的施設で育てられる。まるでハクスリー『すばらしい新世界』のようなディストピアだが、遺伝子のレベル分けがない分こちらのほうが穏当に感じられる(障害児や「混血」についてはこの小説の中では触れられない)。

少子化、非婚化が進行し家族制度が信仰の対象になってしまっている現実の日本社会のある部分を陽画、別の部分を陰画にしたかのような世界だ。現実の日本も気持ち悪いけど、この物語の中の世界も画一性なところは気持ち悪い。だがそこに流れる穏やかな幸福感は否定しがたいものがある。ただひとつ、この世界では寂しさや孤独がなくなってしまうそうで、それはいやだ。

この前読んだばかりの『コンビニ人間』と共通するのは、まわりの世界へ順応しすぎてしまう人間が描かれていることだ。このあたりが村田沙耶香さんが書きたいテーマなのかもしれない。