城山羊の会『微笑の壁』

城山羊の会『微笑の壁』

作・演出:山内ケンジ/ザ・スズナリ/指定席3500円/2010-10-30 19:30/★★★

出演:吹越満、東加奈子、岡部たかし、山本裕子、岩谷健司、金子岳憲、石橋けい、三浦俊輔

山内ケンジが本業の広告業界で見聞きした実話がベースとのこと。中年クリエイターの川嶋は若い律子と結婚することになり自宅に仕事仲間や部下を招く。ところがそこに川嶋の「妻」ミドリが何も知らずに帰ってくる。それで傍目には興味津々観客からは抱腹絶倒の騒動がはじまるんだけど、川嶋は決して誰かをだまそうとしたわけじゃなく、心底無邪気に二人の女性を同時に愛していたのだ。

いってしまえば単なる痴話げんかだが、そこにまったく場違いで異質な一人の人物が登場する。アメリカの農場で働く律子の叔父蛇川が、律子を祝うためにはるばる日本にやってきたのだ。お祝いのリンゴをひとつひとつ口づけしながらひとりひとりに配ったりして、そのちぐはぐさが笑いを誘う。だが、先日会社で自殺した彼らの同僚とそっくりで、しかも彼が死ぬ前に最期に言葉を交わしたのは律子なのだ。蛇川自身も殺されかけて最後は顔面が血まみれのまま歩き回る。終始笑いを誘ってはいるが、その存在は死と深く結びついている。考えれば考えるほど薄気味の悪い存在だ。

この役を三浦俊輔という何を演じてもにせものくさくなってしまう役者が演じていることで、強烈な存在感を与えている。それだけの存在感をもたらしながら、彼が登場したことで物語はこれっぽちも変化していない。強いていうなら食べ残しのリンゴがひとつだけ。それが逆にすごい。

終盤、客の一人が未来から回想する形で独白をする。「アメリカの叔父」というのは、実現しない希望の隠喩として使われ、決して姿を現さないものなのに、それがなぜか今回目の前に出てきてしまったというのだ。そして、その中で登場人物の一人に起きる出来事があまりにもさりげなく明かされる。それは舞台上では表現されない。幕がおりてから後の出来事だ。それがぼんやりとした不安と幸福どっちつかずのエンディングに濃い影を投げかける。