アンナ・カヴァン(山田和子訳)『氷』

氷 (ちくま文庫)

急激な氷河期の到来で人類をはじめとする生命が滅亡に瀕するというまさにSF的なシチュエーション。とある国の諜報活動に携わっている男が語り手。彼はアルビノで銀色の髪の少女(といっても20歳過ぎで人妻だが)を偏愛している。ひとり旅だった少女を男は追いかけて小さな国にたどり着く。その国は長官という鋭敏で屈強な男によって支配されていた(熊を素手で倒したというエピソードからプーチンを想像する)。どうやら少女は長官によって保護されているらしい。男は少女に会おうとするがなかなか果たせない。やがて他国の侵攻をいち早く察知した長官は少女を連れて逃げ出してしまう。男は長い時間と労苦のはてに彼らの居場所をたずねる。主人公は少女と再会を果たすが、彼女は彼を拒絶し行方をくらましてしまう。そしてさらに追跡は続く……。

全編ほぼ追跡行の物語だが、最大の追跡者は「氷」だ。単なる氷河期のイメージではなく巨大な氷がじわじわと地球上を覆い尽くそうとしているのだ。悪夢的な存在だが、これは悪夢として回収されない。最後まで主人公たちを苛み続けるが、ちょっと甘美なものを感じなくもない。

時折、現実の出来事とまったく区別がつかない形で、男の幻覚なのか、未来や平行世界の出来事なのか、よくわからない悪夢的なシーンが挿入される。なんだかカフカやディックなどの不条理小説を彷彿とするが、そのイメージによって本編の流れが攪乱されることはなくリアルな筆致で物語は続く。結果kとしてSFファンも不条理文学フリークもどちらにも満足のいく作品に仕上がっていた。ぼくはその両方なので大満足だった。