夢野久作『ドグラ・マグラ』
再読なのだが、この小説の主人公のようにほとんどすべて忘れていた。主人公の若い男性が、精神病院の個室でまったく記憶がないまま目を覚ますところからはじまるたった一日の物語だ。
『ドグラ・マグラ』がどういう物語かということは実はこの小説自身の中で語られている。この小説が患者のひとりが書いたものとして小説の中に登場するのだ。登場人物の医師若林博士曰く。
「要するにこの内容と申しますのは、正木先生と、かく申す私とをモデルにして、書いた一種の超常識的な科学物語とでも申しましょうか(中略)つまり全部が一貫した学術論文のようにも見えまするし、今までに類例の無い形式と内容の探偵小説といったような読後感も致します。そうかと思うと単に、正木先生と私どもの頭脳を嘲笑し、飜弄するために書いた無意味な漫文とも考えられるという、実に奇怪極まる文章で、しかも、その中に盛込まれている事実的な内容が亦また非常に変っておりまして科学趣味、猟奇趣味、色情表現エロチシズム、探偵趣味、ノンセンス味、神秘趣味なぞというものが、全篇の隅々まで百パーセントに重なり合っているという極めて眩惑的な構想で……」
ついでに「ドグラ・マグラ」とは「維新前後までは切支丹伴天連キリシタンバテレンの使う幻魔術のことをいった長崎地方の方言だそうで、只今では単に手品とか、トリックとかいう意味にしか使われていない一種の廃語同様の言葉だそうです。語源、系統なんぞは、まだ判明致しませぬが、強しいて訳しますれば今の幻魔術もしくは『堂廻目眩どうめぐりめぐらみ』『戸惑面喰とまどいめんくらい』という字を当てて、おなじように『ドグラ・マグラ』と読ませてもよろしいというお話ですが、いずれにしましてもそのような意味の全部を引っくるめたような言葉には相違御座いません」ということらしい。
奇妙なリアリティにあふれた怪作だった。
はじめて Kindle Paperwhite で読み通した作品だ。紙の本より一度に目に入る文字数は少ないが、文字の読みやすさはむしろ上かもしれない。大事な箇所をメモしたり検索が可能なのがありがたい。