レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳)『大いなる眠り』

大いなる眠り

村上春樹が訳すチャンドラーもとうとう四冊目、これで長編の過半数が彼によって訳されたことになる。ずいぶん昔に創元推理文庫版双葉十三郎訳で読んで、ほかは全部ハヤカワなのになぜこれだけ創元なんだろうと思った記憶があるが、これはハヤカワから出ている。翻訳権がハヤカワに移管されたそうだ。

その創元推理文庫版はまったくといっていいほど記憶に残ってなかった。たった今書かれたばかりの書き下ろしの作品よりも新鮮な気持ちで読むことができた。

マーロウがかかわる事件は今回も(というかこれがチャンドラーの長編処女作だ)メリハリを欠いていてすべて終わってからも結局なんだったのだろうと首をかしげてしまうが、ランダムにどのページを開いても、マーロウの繰り出す謎かけのようなユーモアと意表をつく比喩がみつかる。そして全身茶色ずくめの男、語彙の極端に少ない「おかま」、歯をむき出しにしてシュッと音をたてる肉食系の娘など奇妙な魅力をもつキャラクターが次から次へと登場する。マーロウを含めて、村上春樹の作品に登場しそうな人物たちが、彼らがいいそうなことを話しているという感じなのだ。やはり、これを訳すのは村上春樹おいてほかにいない。

巻末の村上春樹による解説もチャンドラーへの愛にあふれたいい文章だった。これだけでも読む価値がある。

★★★