Kazuo Ishiguro "Nocturnes"
英語のペーパーバックを読み通したのは村上春樹の短編の英訳版に続いてこれが2冊目。読みやすいかと思ったけど、いきいきした俗語表現の意味をとるのにてこずった。
5作品からなる短編集。どれも音楽がテーマに関わっていて、1作をのぞいてはミュージシャンが主人公だ。
ヴェニスが舞台で、ベルリンの壁崩壊前の東欧出身のかけだしのギタリストが、母親がファンだった往年のシンガー(フランク・シナトラと並び称されるようなポジション)と偶然出会い、妻へのプレゼントにゴンドラから歌を贈りたいからその伴奏をしてほしいといわれる……。(“Crooner”)
往年のミュージカルナンバーが大好きでいつまでもちゃらちゃらと若いときの気分をひきずっている男が、休暇で友人夫婦宅を訪れてみると、冷戦状態。ひとり取り残された男は、ついのぞいてしまった日記のページに自分のことが悪し様に書かれているのをみて一瞬度を失い、やぶいてしまう。それを隠そうとしてどんどん深みにはまっていく。抱腹絶倒。(“Come Rain or Come Shine “)。
大学を卒業したてでプロのシンガー・ソングライターを目指す若者が、ある「プロ」のミュージシャン夫婦と出会う。(“Malvern Hills”)。
才能がありながら容姿がすぐれなくて一流になれないサックスプレイヤーの男が、恋人との離別を機に整形手術をする。同じように手術を終え、暇をもてあましていた隣室のセレブ女性(実は"Crooner” で歌を捧げられた女性)と知り合いになるが、彼は彼女の俗悪さ(とみえるもの)に激しく嫌悪して、手術を後悔しはじめる……。(“Nocturnes”)。
若いかけだしのチェリスト(彼も東欧出身)と、名チェリストを自称する謎めいた女性との奇妙な師弟関係を描いた “Cellists”。
腹をかかえるほど大笑いしたり、センチメンタルな場面にほろりとしたり、とてもよくできた物語が集められている。でもそれは決していわゆる「いい話」には回収されない。そこに共通するのはある種の苦みだ。若さ、才能、そして感情が喪失してしまうことの苦み。作者は登場人物をこの苦みから救い出そうとはしていない。自分でどうにかしろと、物語の最後で、放り出す。逆説的だけど、そこに爽快感のようなものを感じる。