『(霊媒の話)題未定—安部公房初期短編集—』ebook

B0CVZH6NRZ

安部公房の作家デビュー前後に書かれた、生前未発表の作品を集めた作品集。けっこう後の作品とは毛色が違う。安部公房らしいクールで簡潔な文体とシュールな物語展開はどこにも見当たらなくて、文体は修飾が多くて晦渋でストーリーは観念的なのだった。なかなか身が入らなくて読むのに時間がかかってしまった。

冒頭の表題作『(霊媒の話より)題未定』は孤独で身寄りのない少年が家族の温かみを求めてつい嘘をついてしまい、良心を苛まれ続ける。

『老村長の死(オカチ村物語(一))』。小さな村の村長が村のためにおこなった小さな違法行為で弾劾され職を追われそうという状況設定で悲喜劇的にその死を描く。

『天使』。この世界が天国で人間を天使だと思い込んだ男が精神病院から脱走してたどるユーモラスでペーソスにあふれた作品。

『第一の手紙〜第四の手紙』。未完。手紙の読み手が不明なまま書き手がたまたま道ばたで見かけた男の身に起きた奇妙な体験と死を語るという複雑な構成。いいところでぷっつり終わる。

『白い蛾』。これがある意味一番異色かもしれない。ある船長が船室に迷い込んだ一匹の白い蛾がきっかけでそれまでの荒々しい性格が一変して成長するというヒューマンな物語。

『悪魔ドゥベモオ』。未完。妻子と離れて悪魔のための手記を書いている片腕の男の物語。出版の手配のために妻を待っていると代わりに息子がやってきて・・・・・・というなんだかおなかいっぱいの内容だが、唐突に中断する。

『憎悪』。一人称の「僕」が今はなき「君」に対して語りかけるスタイルの観念的な作品。おそらく「僕」と「君」はどちらも安部公房自身の投影のようだ。

『タブー』。隣の部屋に独り言の苦情をいいにいったら身の上話をきかされ衝撃の事実が明らかになる。

『虚妄』。若く魅力的な「彼女」に男たちは最初惹かれるが、やがてその極端な受動性と笑わないというところに苛立ちを感じはじめる。

『鴉沼』。敗戦後まもなく満州に取り残された日本人。焼き討ちなどが続くなか、久しぶりに会った男女の触れあいとすれ違いを残酷に描き出す。ちゃんと完結していることもあり、収録作のなかで一番完成度が高い気がする。

『キンドル氏とネコ』。これはまさに安部公房的なシュールでミステリアスな作品。とある事務所に支店長として赴任したばかりのキンドル氏は社長のアクマ氏の謎の死という事件に直面する。さあおもしろくなるぞというところでぷっつり終わる。出世作の短編集『壁』に含まれていても不思議はない作品だ。

安部公房の変遷をたどるという点では貴重な本だが、安部公房をまだ読み始めたばかりの人は他の本を選んだ方がいいと思う。