安部公房『カンガルー・ノート』
安部公房が生前完成させた最後の長編小説。
脛にカイワレ大根が生える奇病にかかった男が自走式のベッドと共に病院を追い出され奇妙な冒険を繰り広げる。病院のシーンが多いし、地下の坑道、三途の川など死を想起させる要素はメタファーではなくあからさまに散りばめられている。一貫した物語というより、現実感を欠いていて、切れ切れの夢を繋ぎ合わせたようなみたいだ。実際作者が病床でみた夢がベースになっているのかもしれない。
だからといって辛気臭いところはまったくなく全体はユーモアで貫かれいるし、主人公は一直線的に死への旅路をたどるわけではなく、むしろ三途の川を脱出して回復していくようにも見えた。途中出会った下り目の少女(たち)に惹かれ、再会することが移動のモチベーションになる。しかし結局はそれが一番仇となる。誘い込まれた廃駅で移動手段のベッドが破壊され、自分の背中を見続けざるを得ない究極の袋小路に追い込まれる。これ以上示唆的な死のイメージはない気がする。
この物語はミュージカルでもある。要所要所に歌を歌うシーンがはさみこまれるのだ。もちろん小説では音楽はながれないのだけどあたかも実際にきいているようにリズミカルで心に残るのだ。特に賽の河原で小鬼たちが歌うオタスケマーチがずっと脳内でリピートしている。
オタスケ オタスケ オタスケヨ オネガイダカラ タスケテヨ
とてもユーモラスで笑ってしまう場面で出てくるけれど、考えてみると、これは死の淵から救ってほしいという作者の内心の声だったのかもしれない。
★★★