ポール・オースター(柴田元幸訳)『トゥルー・ストーリーズ』

トゥルー・ストーリーズ (新潮文庫 オ 9-10)

1983年から2002年に書かれたポール・オースターのエッセイをまとめたもの。若いころの貧乏話、時事問題に対するメッセージなどあるけど、一番大きなパートを占めるのはオースター自身および彼の知り合いが経験した「信じられない偶然」の数々だ。

オースターの小説では偶然が大きな役割を果たし、時折神そのもののように思えてくる。そのルーツはオースターの体験にあったのだ。「信じられない偶然」というのは実はありふれていることで、それをどう意味づけるかという態度の問題のような気がする。オースターには「信じられない偶然」を生み出す才能があったのだろう。

そのほかでは、『ゴサム・ハンドブック』という、知り合いのフランス女性向けに、ニューヨーク生活を改善する方法を書いた文章がすばらしい。笑顔。知らない人と話すこと(話すことがなければ天気の話題でいい)。物乞いやホームレスへの人たちへの親切。都市の中の一点を選んでそこを自分のものと考えてみること。ニューヨークに限らず、どこの都市でも使える秘訣だけど、東京ではとても困難なことに思える。この街では無関心が唯一の通行手形なのだ。