夏目漱石『それから』

それから (岩波文庫)

宮藤官九郎脚本の昼ドラ「吾輩は主婦である」にすっかりはまってしまい、久しぶりに夏目漱石の小説が読みたくなった。一時期青空文庫でまとめて作品を読んだことがあったが、この『それから』はその当時まだ収録されておらず、未読だったのだ。

主人公の代助は今でいうところのニート(マスコミやネットで流れている虚像の方。実際のニートは悲惨だと思う)だ。学校を卒業してからも職に就かず、親の金でそれなりに優雅で自由な生活をしている。読み進めると、舞台になっている明治末期は現代と世相がとてもよく似ているのがわかる。ある程度豊かな階層の人々は、文化的、物質的に今とあまり変わらない(ゆとりという点では今以上の)生活ができたようだ。

代助は過度に神経過敏な人間だ。そのくせ世の中をみる目つきは辛辣で、職につくことを軽蔑し、縁談も避け続けている。そんな彼の平安な生活を破ったのは、友人の妻三千代の存在だった。彼は三千代との恋のために安楽な生活も家族も捨てる羽目になる。

これは悲劇のようでもあるけど、悲劇というからには人の意志を離れた運命的なものが介在しているはずだが、この小説ではほとんど代助を原因として物語が進んでゆき、すべてが予定済みの出来事のように思える。また、成長物語というのもちがって、代助は三千代との恋によって成長することはなくただ翻弄されるだけで、最後には狂気寸前の状態になってしまう。ただ、なぜ代助がそこまで三千代を愛したのかが謎として残る。とらえどころのない不思議な物語だ。

ところで、タイトルの『それから』の「それ」とはどの出来事をさすんだろう。