村上春樹『象の消滅 短編選集 1980-1991』
アメリカで翻訳・出版された村上春樹の短編集と同じ構成で編んだ日本語版。もちろん英語から訳し直したわけでなく(それはそれで読んでみたいが)オリジナルの作品が収められている。
『ねじ巻き鳥と火曜日の女たち』、『パン屋再襲撃』、『カンガルー通信』、『四月のある朝100パーセントの女の子に出会うことについて』、『眠り』、『ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界』、『レーダーホーゼン』、『納屋を焼く』、『緑色の獣』、『ファミリー・アフェア』、『窓』、『TVピープル』、『中国行きのスロウ・ボート』、『踊る小人』、『午後の最後の芝生』、『沈黙』、『象の消滅』。バラエティに富んでいて、村上春樹の描く世界の輪郭をとらえるには最適なチョイスだと思う。それぞれの「僕」たちと、姿形を変えてあらわれる渡辺昇(猫、妻の兄、妹の婚約者、象の飼育係)。
『納屋を焼く』の一種不気味な喪失感も捨てがたいが、それとうらはらにいつまでも続きそうな午後の風景を描いた『ねじ巻き鳥と火曜日の女たち』、『午後の最後の芝生』が特に気に入った。どこにも通りぬけられない、家と家の間の路地で、あるいは郊外の高台の芝生で、時間はしばし流れるのを忘れる。ぼくにとってのユートピアだ。