保坂和志『明け方の夢』

明け方の猫 (中公文庫)

夢の中で猫になっていた。それは現実以上にリアルな夢で、彼自身は夢だと思っているものの、ほんとうにそうなのかどうかはわからない。

猫であることはすばらしい。足のまわりの触毛を使えばどんなにでこぼこな地面でもなめらかに歩くことができるし、におい、音など入ってくる情報量がはるかに多い。人間には記憶というものがあるけど、その代わり今という時間の密度は薄めれている。猫の場合はそれと正反対にいまここが緻密になっているのだ。

このあたりの観察は長年猫のそばで暮らしている著者ならではだろう。読んでいると自分も猫になりたくなってくる。

もう一編は『揺籃』という作品で、保坂和志の他の作品とはがらっとちがって、いわゆる不条理文学の範疇に入るものだ。他作品ではあったとしても根源的な思索の対象としてしか出てこないエロスが生々しく描かれている。それもそのはずで、デビュー以前に書かれた作品とのことだ。不条理に完全に飲み込まれてしまう前の、回想と幻想がタペストリーになった部分はとてもおもしろいと思う。

★★★