保坂和志『未明の闘争』

冒頭の段落の「私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた」が衝撃的だ。死んだ友人が歩いていたというのは夢の中の話だと最初に明示されているのだが、「私は」がもたらす文法の破綻の衝撃が大きい。この不自然な「私は」は何度も何度も登場して、この小説全体に夢の中のような雰囲気を漂わせ続ける。 語ら...

保坂和志『カフカ式練習帳』

数えてないけど300編前後の「断片」から構成された本。それぞれの断片は数行から長くても数ページ、内容は、夢、過去の記憶、思いつき、幻想小説の一部、パロディ、引用など多岐にわたり、一見ランダムに配置されている。あとがきによると、カフカがノートに書き遺した断片がおもしろくて、自分もそ...

保坂和志『カンバセイション・ピース』

世田谷の小田急線沿い、おそらく成城か喜多見の木造二階建ての古い日本家屋が舞台。伯父、伯母が亡くなり、空き家になっていたこの家に小説家である語り手の「私」と妻、猫三匹、妻の姪が住むことになり、さらに「私」の後輩の会社(といっても社長、社員あわせて三人)も間借りする。 保坂和志の他の作...

保坂和志『明け方の夢』

夢の中で猫になっていた。それは現実以上にリアルな夢で、彼自身は夢だと思っているものの、ほんとうにそうなのかどうかはわからない。 猫であることはすばらしい。足のまわりの触毛を使えばどんなにでこぼこな地面でもなめらかに歩くことができるし、におい、音など入ってくる情報量がはるかに多い。人...

保坂和志『猫に時間の流れる』

保坂和志の小説には必ずといっていいほど猫が登場するが、これは猫に主軸をおいた作品。くろしろという嫌われ者のボス猫と主人公の関わりというか、すれ違う様を描いている。猫を擬人化したり逆に機械的なものとしてみるのではなく、猫には猫の人間にはわかりえない内的世界があるという描き方がとても...

保坂和志『もうひとつの季節』

『季節の記憶』の続編で登場人物はほぼ同じ。ただ、近所に引っ越してきたなっちゃん親子がほとんど姿を見せない代わりに、猫の茶々丸が加わっている。新聞に連載していたので、いかにも新聞らしい挿絵がついている。 大人になることは言葉の世界を自分のまわりに築き上げていくことで、それによって世界...

保坂和志『季節の記憶』

『プレーンソング』や『草の上の朝食』と同じく、静かな日常とそんな日々をいとおしみながいきいきと生きている人々の姿を描いた作品。ただ、登場人物は完全に入れ替わって、離婚して5歳の息子と二人で住んでいる中年男の主人公と、近所で便利屋を営む年の離れた兄妹がメインキャラクター。上の二作に...

保坂和志『草の上の朝食』

5月に読んだ『プレーンソング』の続編。夏が過ぎて秋になろうとしているけど四人の奇妙な共同生活は続いている。職について定期的な収入があるかないかは別として、彼らのうちだれも生産的なことをしていないしその必要も感じていない。それだからこそというべきか、彼らはまるでギリシアの哲人とか中...

保坂和志『残響』

ほんとうは『草の上の朝食』を買おうと思っていたのだが、勤務先近くの本屋になかったので代わりにこっちを買ったのだった。『コーリング』と『残響』という二編からなる中編集。ちょっと今まで読んだ保坂作品(といってもこれが3冊目だが)とは毛色が違った。 三人称で書かれていて、複数の主人公の心...

保坂和志『プレーンソング』

薄い雲のようにぼんやり広がった幸福感を描いた作品。 恋人と同棲するつもりが別れて、一人で2DKの部屋に住むことになった三十代はじめの男が主人公。場所は西武池袋線の中村橋で、おそらくこの具体的な地名も、この小説を形作る重要なファクターのひとつだ。この部屋には、それぞれの事情と怠惰と偶...

保坂和志『この人の閾』

思考というのは並列的で、矛盾を含んでいるのに対し、文章は直列で、整合性がとれていなければならない。ふつう思考から文章を変換するときは、小さなもの余計なものは省いて、できるだけコンパクトにしようとするのだが、保坂和志の場合には、一見意味のないような思考の流れを切らずにそのまま文章に...