次の小泉八雲の怪談5篇が百物語的に舞台上で物語られる。 常識 破られた約束 茶碗の中 お貞の話 宿世の恋 『宿世の恋』は『牡丹灯籠』の再話だがそれ以外は耳馴染みがなかった。個人的には『茶碗の中』がシュールでおもしろかった。 ...
主催は劇場だが脚本、演出、出演者、イキウメづくしのほぼイキウメ作品。 あるときからまったく理由の説明がなく列車が通過するようになってしまった駅の前の広場が舞台。元テレビの占いコーナー担当者で今はカウンセラーをしているサクラは依頼者の山鳥メイと会うが彼女は小学生の時の同級生だった。メイはサクラに教室であなたは、人を殺すという予言をされ、その予言を成就させないためこれまで人と深くかからわないように注意を払って生きてきたと告白するが、サクラはまったくそのことを覚えてなかった。 ...
森の最奥の家が舞台。そこの主人山鳥は、森で迷ってる人たちを救って自分の家に住まわせており。彼らからママと呼ばれ共同生活を送っていた。そこに八雲という刑務官が奇妙な届け物をもってたずねてくる。届け物はかつてその家に住み街に戻ってからテロを起こし処刑された男からでてきた黒い物体だ。それはまわりの人の心に語りかけてきて人魂としかいいようがないものだった。処刑された人以外にも街に戻ってからテロ的な行為をする人たちがいて、疑念を持った公安警察もやってくる・・・・・・。 ...
出身地と離れた地方都市で二十年ぶりに再会した同級生山鳥芽衣、寺泊満の会話が物語のペースメーカーになる。最初ありきたりの近況報告なのだが、話すことがなくなり、それぞれが最近体験している奇妙な出来事にうつる。寺泊満は、ある手品師との出会いを機に世界の新しい見方を習得し、その本質的な美しさと醜さに驚き、律儀に仕事を続けることが馬鹿馬鹿しくなってくる。山鳥芽衣は「無」と書かれた荷物が届いた直後から家の中に闇が広がりはじめ、ついには部屋の中で何も見えなくなり、闇の中をさ迷ううちに500メートル離れたビルの屋上に移動する。家に戻ると見知らぬ少年が闇に中にいて、記録を確認すると何年も前から彼女の養子ということになっていた。 ...
公演の主催は劇場だけど、作、演出は前川知大さんだし、メンバー総出演だし、実質イキウメの舞台だ。 悠里は、恋人を傷つけて別れたり、高校受験に失敗したりという立て続けの挫折から人生の目標を持てず、半ば引きこもりの自堕落な生活を送っていた。18歳になった悠里は、両親や幼なじみとキャンプに行き、進路を定め新しい生活に踏み出そうとする幼なじみたちにまぶしさを感じ、両親の離婚という突然の報告に孤立感を深める。ひとりで湖でダイビングをした悠里は事故を起こしてしまう。9年前と同じように。9年前はどうにか生還できた悠里だが……。 ...
3編からなるオムニバス。各編は共通の登場人物がいたりして緩やかに関連しており、2036年、2006年、2001年と年代を遡ってゆく。 最初の『箱詰め男』は、アルツハイマーを患った脳科学者が自分の脳をコンピュータにアップロードする話。二番目の『ミッション』は突然どこかから自分の欲望と無関係な衝動がやってくる男の話。彼はそれを微妙な変化を引き起こすことによって世の中を最適化しているのではないかと思い始める。最後の『あやつり人間』は就職活動中の女子大生が母の病気などを背景に周囲の優しさに違和感を感じすべてをリセットしたいと思い出す。 ...
イキウメの代表作といわれていてこれが4回目くらいの上演らしいのだがぼくは未見。だから黒沢清監督による映画も公開されているがまずは芝居をみたかった(今日見にきていた人の会話によると、映画と全然違うということだったが)。 ...
新設されたばかりの地方の公共劇場。そこで上演される新作の稽古場が舞台。若い女性が失踪しやがて人里離れた山小屋で死体が発見される。それとともに彼女が生前親しかった人々に奇妙なことが起きる。時折彼女としか思えない口調で話し始め、当人はそのことを覚えていないのだ。 ...
前回みた『太陽』も不老不死がテーマで、今回もそう。前川知大さんは不老不死のオブセッションにとりつかれているのかと思いそうになるが、前回は過去作品の再演だったので、たまたまかもしれない。それに前作が種族的な不老不死だったのに対し今回は個人的な不老不死だ。 ...
人類が2つの種キュリオとノクスに分かれた近未来。キュリオというのは今のぼくたちと同じ不完全な種族だが、ノクスはより頑健で自己統制がきき老化もしない。ただし、一つだけ大きな弱点があって、太陽の光を浴びると致死的なダメージを受けるのだ。キュリオがノクスになる方法は存在するが、なぜかその数は制限されている(その理由は劇の中で明示されない)。今やノクスがマジョリティーになりキュリオは限られた地域に暮らしている。 ...
イキウメ別館ということだが、ほぼほぼイキウメそのままの舞台だった。もちろんそれが悪いということは全くなくすごくよかったのだが、だったらイキウメでいいじゃないかと思ったのも事実だ。 ...
新作かと思ったら、2010年に上演した『プランクトンの踊り場』という作品を改題したものらしい。いずれにせよぼくは初見。 アイディアがとにかく秀逸。過去に謎めいた餓死事件が起き、テナントが入ってもすぐに廃業してしまい、よくない噂がたっている場所。そこで今度はドッペルゲンガー騒ぎが起きる……。 ...
タイトルはあまり内容に関係ない。スーツ姿の男がオフィスでひとりで残業をしている。タバコを吸おうとしてライターがつかず、ふと訪れる空白の時間。突然デスクの間から道化服の男が這い出してくる。彼はオフィスの中のデスクも椅子もダンボールであることを指摘し、放り投げてみせ、ここがヴァーチャルな世界に過ぎないことを示唆する。そして自分は彼の友達だと自己紹介し、彼の赤ん坊時代、少年時代を追体験させる。 ...
自動車が時速40kmで歩行者と衝突してしまう。ところが歩行者はかすり傷ひとつなし。助手席に乗っていた人が生死に関わる重傷を負う。まるで、透明な壁にぶつかったみたいに……。という奇妙な事故の目撃者が集められた場で、一人が奇妙な仮説をとなえる。世の中には「ドミノ」という自分の欲望や願望を思うがままに実現できる人たちがいて、ケガをしなかった歩行者の兄森魚が無意識的にその能力を発揮したのではないかというのだ。彼は森魚の監視を提案する……。 ...
片鱗 黒沢清監督が映画にしそうなモダンホラー。客演の手塚とおるさんがセリフなしで名前もない不気味な男という大胆な配役で驚いた。人の良さそうな父と娘の二人家族が引っ越してきた途端、怪しい人影がうろつき、植物が枯れ、住民が精神の平衡を崩しはじめる……。 ...
イキウメの別館カタルシツ第1回目はドストエフスキーの小説『地下室の手記』の舞台化。ほぼ一人芝居になりそうで集中力がもつかどうかちょっと不安だったが、安井順平さんの語りが予想以上にすばらしくて飽きることがなかった。一人芝居は客席との対話なのだ。通常の俳優としての力量とは別の能力を要求される気がする。 ...
前回の「まとめ」は短編集だったが、今回は長編。 見たものは誰でもとてつもない幸福感に恍惚とし飲み食いも何もできなくなってしまい、そのまま放置すると死に至るという不思議な隕石が落ちてきた数年後、同じ物質でできた巨大な柱が世界各地の都市に落下する。ある人口密度を越えると柱が落ちてくるという性質に気がついた人類は、都市を放棄し、農村に小さな共同体を築いて住みようになり、柱は覆い隠されて神格化されるようになる。そんな中、柱を直視できる新しい世代の若者たちが誕生しはじめ、世界はあらたなステージへと入る……。というSF巨編。 ...
開演直前に大きめの地震というハプニング。そのあと芝居の中にも大きな地震のシーンが出てくるというシンクロニシティー。 イキウメをみはじめて日が浅いので受け売りだが、『図書館的人生』というのは数編の短いストーリーをつなげたオムニバス作品のシリーズでこれまでに3作品上演されている。今回は2回にわけて上演されるその総集編の第一弾。 ...
母と姉と共に祖母が住んでいた古い家に移り住むことになった中学生の輝夫。家がきしむ音や、大きなクモ、何かいる気配におびえる輝夫が、夜一人でマンガを読んでいると姿は見えないのにすぐそばで男の声が聞こえる。それは暗闇にひそみ人間を観察する使命をおびた種族の一人で、いずれ人間のすむ世界にいくつもりだといい、自分と話したことは誰にも言ってはいけないという……。 ...
初のイキウメ。 将来を嘱望される若きエリート会社員清巳は自宅の裏山から落ちてきた石に頭を直撃されしばらく会社を休み、その間に仕事からはずされてしまう。そんな中、清巳の一家と長いこと疎遠で、しばらくぶりに見舞いに訪れた叔父怜治の生き方に惹かれ、彼のもとに足繁く通うようになる。怜治は専業主夫で、ボランティアで引きこもりの若者たちに何やら教えている。世界からの呼びかけを聞き取り、そこから読み取った衝動のままに行動すれば、世界の調和が保たれるというのだ。怜治自身子供の頃からそれを信じていていまだに実践している。清巳は仕事をやめることを決意し、怜治の存在が清巳の一家に徐々に動揺させていくさなか、彼の教え子のひとりが事件を起こす。そして町にはこれまで例のない長い雨が降り続く……。 ...