『チェーホフ?! 哀しいテーマに関する滑稽な論考』
作・演出:タニノクロウ、ドラマトゥルク:鴻英良/東京芸術劇場小ホール1/S席4500円/2011-02-12 19:00/★★
出演:篠井英介、毬谷友子、蘭妖子、マメ山田、手塚とおる
あえて前提知識なしでみた。タイトル通り、どこがチェーホフ?!という感じで、少年がひとりで夜の森を歩いていると魔女に誘い込まれて不思議な世界で、死神の行進、胸の尖った女の歌と踊り、そして巨人の足踏みと解剖などの不思議な体験をするという、寓話的で、一見荒唐無稽な音楽劇だった。これまで舞台でみたことがない新鮮さと、自分の少年時代の(おそらくは捏造された)記憶を呼び起こすような懐かしさの両方を同時に感じた。
舞台上で表現された美をただ堪能していればいいのかもしれないけど、絵解きをしないではすませられない。終演後に配られたドラマトゥルクによる注解によると、全体のベースになっているのはチェーホフの未完に終わった博士論文『ロシアにおける医事の歴史』だそうだ。タイトルからわかるように医学の論文で、その中では呪術と区別がつかない近代医学以前の民間医療を詳細に論じて、それがどのように近代医学につながったを位置づけるという壮大な構成をとっている。つまり、少年はチェーホフ自身で、魔女が支配する呪術的な世界を経て、近代医学の世界に到達するという流れになっているわけだ。それぞれのエピソードはチェーホフの短編小説から部分的に引用されている。魔女は少年に人間とは何かという問いを投げかけて、ある程度まで知を与えようとするが、少年が書物を通じてその答えを見つけ出そうとすると、それを妨害するようになる。魔女の行動の奇妙さもそれで納得がいく。魔女は両義的な存在なのだ。少年=チェーホフは魔女の影響を脱し、新たな世界へと旅立つ。
なんだか、元の論文や短編小説の骨格や細部が換骨奪胎されて、まったく別の形に置き換わっているのは、フロイト『夢判断』に書かれた夢の作用のようだ。作・演出のタニノクロウは元精神科の医師らしいので、面目躍如というところか。いや、ほんとうに夢をみているかのようなひとときだった。