サンプル『伝記』
作・演出:松井周/こまばアゴラ劇場/自由席3000円/2009-01-17 18:30/★★★
出演:辻 美奈子、古舘寛治、羽場睦子、申瑞季、中村真生、石澤彩美、吉田亮、三橋良平、金子岳憲、黒田大輔
2009年はじめての観劇。去年32本みてちょっと慌ただしい感じがしたので今年はマイペースでいきたい気もするが、どうなるかわからない。
戦後の混乱期から実業家としてたたきあげ、文筆家としても名をなした浅倉史明の死後、傾いていく家運と彼が最後に立ち上げたシェルター販売会社の社運をもりかえすため遺された家族と社員たちは、彼の伝記を出版しようとする。社長をつとめるひきこもりの長男、役員でいまだにファザコンの長女、全身皮膚病で包帯に覆われている次女、伝記を編纂している資料部の3人、史明の角膜を移植され涙がとまらなかったり悪魔を幻視したりする使用人。そしてそこに史明の元愛人と息子、それに史明の昔の部下の女性投資家がやってくる。
スラプスティック、スラプスティック、スラプスティック。相変わらず、腹がへんな角度によじれそうな笑いだ。特に次女の求愛のダンスはすごい。鬼気迫るものがあった。笑いがおさまって頭をもたげるのは、『伝記』とはなんのことなのだろうという疑問。
冒頭で、この芝居がすでに書かれた『伝記』という台本に基づいて上演されるというごく当然のことが、あらためて宣言されるが、それと対照的に芝居の中の『伝記』はまだ未完成で書き換えられる余地をもっている。それで、元愛人の息子は自分たちのことを『伝記』に載せろと、露悪的に要求する。『伝記』をつくろうとしている側の人たちも、美化したい遺族と偏執狂的に事実をもとめる資料部の三人の間に葛藤がある。あるがままの世界と、記述された世界という、お定まりの対比の間で、ここでは記述された世界の方が圧倒的な重みをもっているのだ。
ラスト、阿鼻叫喚の騒動のなかで、過去の人物ではなく今ここにいる自分たちの伝記を作ろうという宣言がされるが、そうして書かれたものが冒頭で宣言されたようにこの『伝記』という芝居になったということなのだろうか。記述された世界の外にでようとしても、そこに別の記述された世界をつくるしかないというアイロニー。