池澤夏樹『マシアス・ギリの失脚』

マシアス・ギリの失脚

今まで読んだ池澤作品はどちらかといえば物語性が希薄で、短いものばかりだったが、これはふつうの文庫二冊分の厚さで、物語性もたっぷり。語り口がうってかわって、いわゆるマジックリアリズム的で、物語は幻想と日常という糸を縫い合わせてつむがれている。

南太平洋の小国の「やさしい独裁者」マシウス・ギリを主人公に、日本からきた戦没者の慰霊団の乗ったバスがあとかたもなく消えうせるという不条理なできごとをきっかけに、失脚に追い込まれるまでを描いている。

大きな国の物語を書こうとすると話が広がりすぎて収拾がつかなくなってしまう(まとめようとすると嘘になる)が、小さな国の物語はマシウスひとりを中心に追いかけるだけで描けてしまう。この本のもう一人の主役はナビダードという国である。

脇をかためる登場人物が個性的ですばらしかった。300年前に近隣の島からイギリスに留学してすぐに病気で死んでしまったリー・ボーの亡霊。I・W・ハーパーの12年ものしか飲まずいつも二人で静かに語り合っているゲイのカップル、ヨールとケッチ。それにいたずらもののバス。

★★★★