G・ガルシア=マルケス(鼓直訳)『百年の孤独』

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

架空のマコンドという村を開拓したブエンディア一族が村ごと滅亡してしまうまでの百年間を描いた、七世代にわたる盛衰記、という要約はそれほど重要でもなくて、現実にはありえない突飛なエピソードが驚くべき迫真性で語られるその語り口が素晴らしい。

有名な冒頭の一節「長い歳月が流れて銃殺隊の前に立つはめになったとき、恐らくアウレリャノ・ブエンディア大佐は、父親のお供をして初めて氷というものを見た、あの遠い日の午後を思い出したに違いない」はてっきり一族の終末近くの出来事を指しているのかと思っていたが、アウレリャノ・ブエンディア大佐というのは移住してきた初代のホセ・アルカディオ・ブエンディアとウルスラ夫婦の息子でまだ序盤の出来事だった。しかも彼はその銃殺から生き延びるのだ。32回反乱を起こしてその都度敗北したが、和平を成し遂げた後マコンドに引っ込み静かで孤独な老後を送っている。物静かで夢想的な若者から勇猛果敢というより命知らずで冷徹な軍人になり最後完全に孤独な生活に閉じこもるという一人で三つの生を生きた彼は、やはりこの物語で一番強烈な印象を残す。

シーツごと昇天したり、見えない銃に撃たれて死んだり、死神に死を予告されて自分で自分の経帷子を編み上げて死んだり、死体をアリに運ばれたり、ブエンディア家の人間は生き様も凄まじいけど死に様も凄まじい。

ブエンディア家以外の人間たちも個性的だ。その中でも一番重要な役割を果たすのはジプシーのメルキアデスだ。彼は世界の知を村と一家にもたらす。一度は奇病から村全体を救う。研究のための一室をブエンディア家の中にあてがわられ、その死後(一度シンガポールで熱病で死んでいるので二度目の死)も姿を現し、ブエンディア家の一部の人間に影響を与え続ける。そして彼の書き残した暗号の通り、マコンドとブエンディア家は破滅を迎えるのだ。

その他、アウレリャノ・バビロニアと仲間の若者たちに古典の手ほどきをするカタルニャ生まれの古本屋が出てきたり、外部からもたらせる知というのがこの作品を読み解くキーワードの一つのような気がする。実はこの若者たちの一人が、ガブリエルという名前で、アウレリャノ・ブエンディア大佐の戦友ヘルナルド・マルケス大佐の曾孫なので、つまり作者のマルケスだということなのだが、読んでいる間は気がつかず、解説に教えてもらった。