カズオ・イシグロ(土屋政雄訳)『忘れられた巨人』

忘れられた巨人

ジャンルの垣根を飛び越えた多様な作品を発表し続けるカズオ・イシグロ。今回の作品はトールキンばりのファンタジーだった。騎士や龍、鬼、妖精なんかが出てくる。舞台は中世のイギリスだ。伝説の王アーサー王が亡くなった直後の時代。その頃のイギリスはケルト系のブリトン人とゲルマン系のサクソン人が共存し、貧しいながらも平和な生活を送っていた。だが濃い霧がたれ込めて人々は昔の記憶をなくしている。

主人公はブリトン人の老夫婦。彼らはわずかな記憶を頼りに近くの村に住むはずの息子を訪ねる旅に出る。その旅は最初は数日で終わるはずだった。だが、さまざまな出来事にまきこまれ、サクソン人の戦士、胸に不思議な傷跡をもつ少年、アーサー王の甥の老騎士らと旅路をともにする。

ファンタジーの形をとりながら、忘却がもたらす平和と、そこからの覚醒による復讐と殺戮のはじまりの予感を、ミクロとマクロ両面からリアルに描いた作品だった。いつもながら苦い。