レイモンド・カーヴァー(村上春樹訳)『ビギナーズ』

ビギナーズ (村上春樹翻訳ライブラリー)

カーヴァーにしては分厚い本だなと思って手にとった。その分厚さには本編だけでなく編集者によるノートも寄与していて、それによると、既刊の『愛について語るときに我々の語ること』という短編集は編集者ゴードン・リッシュによる大胆なカット(分量が全体として半分以下になりタイトルも変えられている)が施されたバージョンで、この『ビギナーズ』はそれをオリジナルの形に復元したものということだ。

抽象画みたいなシャープさがなく全体的になんとなく冗長な感じがしてしまうのは、その前提知識による刷り込みのせいが大きいのかもしれない。アルコール中毒、自分やパートナーの不倫による人間関係のこじれなど、同じ暗いモチーフの変奏みたいな作品も多い。でも、『ささやかだけど、役に立つこと』や『足もとに流れる深い川』などいくつかの作品はほんとうにすばらしい。

後者は、川で女性の死体をみつけたことから、男性的な性の中に潜む暴力性に対する敏感さと鈍感さが、断裂をうみ、踏み越えられないくらい広がっていくという話。ある意味、死者の弔いをおろそかにしてしまったことによる、怨霊譚。ゴーストがでてこないゴーストストーリーだ。

ふと気がついたけど、レイモンド・チャンドラーといい、村上春樹は「レイモンド」が好きなようだ。

★★