ポール・オースター(柴田元幸訳)『ブルックリン・フォリーズ』
大病から回復したばかりで家庭も仕事もなくした初老の男性ネイサンが終の住処を求めてニューヨークのブルックリンで暮らしはじめる。あにはからんや、彼は色々な人々と出会い、これまでにない経験を重ねる……。
一貫して偶然という神によってはりめぐらされた糸の精緻さと鋭い鎌の一撃を描いてきたオースターだが、今回この神持ち前の残酷さは抑制され、ストレートでユーモラスでハートウォーミングな物語に仕上がっていた。まるでウッディ・アレンの映画の原作あるいはノベライズみたいだ。この物語は911の当日、惨劇の起こる直前に終わる。その直前の幸福感と共に。そのあとのことは直接的には描かれない。
文学作品に関するエピソードが散りばめられているところは相変わらずで、カフカが亡くなる直前、お気に入りの人形をなくして悲嘆に暮れている少女に、人形が遠くから送ってくるという手紙を三週間の間毎日書いて渡していたというエピソードには心打たれた。
いつもながら、柴田元幸さんの訳すオースターは翻訳の不自然さがまったくなく、日本文学といっていいほどに、すらすら読めてしまう。
★★★