スティーヴン・ミルハウザー(柴田元幸訳)『ナイフ投げ師』

ナイフ投げ師 (白水Uブックス179)

子供のころ地面に落ちていた色とりどりの石を拾って宝物のように思ったりしたけど、一編一編がちょうどそんなきれいな小石みたいな短編集。内容も文体もふにゃふにゃしてない。硬い。硬質。物語は物語られない。博物館みたいに物語はガラスケースの中におさまっていて動かない。

『夜の姉妹団』は柴田元幸訳の様々な小説家の作品を収めた同名のアンソロジーに収録されていたので読んだことがあったが、それ以外はもちろん未読。常に変化し続ける百貨店(『協会の夢』)やテーマパーク(『パラダイス・パーク』)に既視感があるのは、長編『マーティン・ドレスラーの夢』の母体になった作品だからだろう。子供のころ夢に見たようなガジェット『空飛ぶ絨毯』に対する熱中とそれに引き続く無関心、月の光の下野球に興じる少女たちというこの上なく魅惑的なイメージ(『月の光』)。表題作の『ナイフ投げ師』の倫理観が宙吊りにされた奇妙な感覚もたまらない。『ある訪問』もそっけないタイトルとうらはらに味わい深い作品だ。あとカスパー・ハウザーという実在した野生児をテーマにした作品も含まれていて、彼の短い生涯に興味をもった。

16歳頃に保護されるまで長期に渡り地下の牢獄に閉じ込められていたため、その性質からしばしば野生児に分類される。発見後に教育を施されて言葉を話せるようになり自己の生い立ちを語り出すようになったが、明らかになる前に何者かによって殺害された。

★★★