チャイナ・ミエヴィル(日暮雅通訳)『ペルディード・ストリート・ステーション』

ペルディード・ストリート・ステーション (上) (ハヤカワ文庫 SF ミ)ペルディード・ストリート・ステーション (下) (ハヤカワ文庫 SF ミ)

『指輪物語』でトールキンが中つ国という世界を創造したように、この作品の中でも、人間を含む様々な種族が暮らし、別の力が支配する世界が創造されている。邦訳が上下巻あわせて1100ページ以上と分厚いのはこの世界の描写に紙幅が費やされているからだ。

人間の他の種族としては、身体は人間で頭部が甲虫のケプリ、サボテン人カクタシー、水棲人ヴォジャノーイ、そして鳥人ガルーダなどなど。さらに刑罰などで身体を改造されたリメイドという人々もいる。科学法則もこの世界とは異なり、オカルト的、魔術的な力がリアルに存在して、自然科学の研究対象になり発展している。舞台になるのはそんな世界の中のニュー・クロブゾンという巨大な都市。巻頭に人間の脳のような楕円形をしたこの都市の地図が掲げられていて、作品の中ではそのひとつひとつの地域やランドマークについて何度も言及される。この世界のほかの国のことが言及されたりはするが、この作品ではニュー・クロブゾンの外に舞台が移ることはない。

物語はこの都市で研究している科学者アイザックのもとに、一人の翼を失ったガルーダ、ヤガレクが現れて再び飛べるようにしてほしいと依頼するところからはじまる。この依頼を遂行する中で、アイザックは研究材料として偶然奇妙な幼虫を手に入れ、飼育する。この幼虫が、この町全体を脅かす出来事の元となったのだ。途中からというか、この作品のほとんどは、この災厄の元凶であるスレイクモスという恐ろしい害虫たちとの戦いについて描いていて、その部分は、ほんとうに手に汗をにぎる感じでおもしろいことに間違いはないんだけど、エンターテインメント小説の王道をいっているだけで、月並みといっては月並みなのだった。

魅力的なのは、この有機的な都市の描写と、鳥人ヤグレクの独白部分のハードボイルドで詩的な語りだ。最初ヤグレクの語りで始まり、最後もまたヤグレクの語りで終わるんだけど、いやあ、かっこいい。少し前に読んだ『都市と都市』でも感じたけど、ミエヴェルはハードボイルドな詩情を描かせたら相当うまいのだ。戦いの部分をすっぱり抜いて、この都市の緻密な描写とハードボイルドで再構成した作品を読みたくなる。

ちなみにこれは2000年の作品で、先に読んだ『都市と都市』は2009年の作品だった。