グレッグ・イーガン(山岸真編・訳)『プランク・ダイヴ』

プランク・ダイヴ (ハヤカワ文庫SF)

これまでイーガンを読み継いできた読者からすると、決してあたらしいアイディアが書かれているわけではない。高速なコンピュータ上で進化をシミュレートして生み出される知的存在。脳をクローンに移植して得られる永遠の生命と、自分とは何かという問。異なる数学的原理に支配される、隣接する二つの世界。ソフトウェア化した人間を亜光速のナノマシンにのせて宇宙の彼方やブラックホールの中に送り出せるようになったはるか未来の物語。などなど。アイディアの目新しさではなく、じっくりとそのテーマに取り組んだ、思考のあとがうかがえる作品が多く、物語としておもしろい。

表題作の『プランク・ダイヴ』は特に難解だった。それまですらすら読んできたのにここで足止めされて、結局読み終えるまで長い時間がかかった。

人間がソフトウェア化された未来。ナノマシーンにのってブラックホールの中に飛び込み、プランク限界近辺のミクロの物理的基盤を見極めようとする5人(正確には彼らのクローンだが、主観的には彼ら自身だ)と、彼らの偉業に立ち会うため、97光年離れた地球から、アナクロな父親共々、はるばる訪れた好奇心旺盛な娘コーディリア。新しい知見が得られたとしても、帰還することはおろか、何らかの形で外部に伝える望みもほとんどない。「知」とは何かというテーマに挑んだ作品だ。結局、この作品を貫く物理学的なバックボーンについてはちんぷんかんぷんなままだった。