矢作俊彦『あ・じゃ・ぱん』

あ・じゃ・ぱん!(上) (角川文庫)あ・じゃ・ぱ!(下) (角川文庫)

アテンション・プリーズ。太平洋戦争敗北後、日本は長大な壁で東西に分断され、西は難波商人マインド全開の資本主義国家、東は一党独裁の共産主義国家になっていた。なぜか明示はされないけどたぶん1994年、昭和天皇の崩御に伴って、壁は音をたてるように崩れてゆく。その模様を伝えるために日本にやってきた、日本人より日本人らしいアフリカ系アメリカ人のCNNキャスター「わたし」がこのねじ曲げられひきのばされたもうひとつの昭和にまつわる陰謀に、ハードボイルドの探偵みたいに、まきこまれてゆく。

役割をいれかえながら実名で登場する人物。東日本の政権党の書記長中曽根康弘、反政府ゲリラのボス田中角栄、あちこちで暗躍する謎の男平岡公威(三島由紀夫の実名)、日本出身として初の大リーガーにして復活した東京ジャイアンツの初代監督長嶋茂雄などなど。さらに、さまざまな文学作品からの人名、設定、文章の自由自在な借用。気がついたところでは、メルヴィル『白鯨』、小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、江戸川乱歩、とくにチャンドラーの『さらば愛しき女』からは物語の骨格そのものを流用している。

スラプスティックな笑い、ハードボイルドの叙情、冒険小説のサスペンス、ミステリーの謎、もうひとつの歴史の投げかける風刺。さまざまな異質な要素が調和した、とても贅沢な小説だった。

いや、まったく本当に。