柞刈湯葉『未来職安』
近未来の日本。仕事はほぼロボットとAIによって代替され、人々にはいわゆるベーシックインカムであるところの「生活基本金」が全市民に支給され、人口の99%にあたる「消費者」と呼ばれる人々は労働をせずに暮らしている。残りの1%が「生産者」と呼ばれ、労働に携わっているが、必ずしも特別な能力があるとかエッセンシャルワーカーであるということでもなくさまざまなケースがある。
舞台はこの社会で消費者に職業を斡旋する民営の職業安定所。そこで働く20代女性目黒が主人公。彼女はもともと県庁で万が一自動運転車が事故を起こしたときに辞職して市民に納得してもらう役割で雇用されていたが、実際に万が一の事故が起きてしまい辞職することになり、つてを頼って職安に就職したのだ。基本働かなくていい世の中だが、余分なお金が欲しいとか、社会貢献がしたいとかさまざまな理由で一定の需要がある。職安にはほかに副所長大塚(そういえば登場人物はみな山手線の駅名だ)と生体猫(この時代の猫はほとんどロボットになっている)の所長がいる。
設定がユートピア的で物語もほのぼのだが、表立ってはないがこの世界の影の部分も描かれている。生活基本金は単独で生活にするには微妙に足りない額で、それによって家族の形成を促し、子どもを産んでもらうように仕向けている。実は消費者こそが次世代の生産者なのだ。非常にうまく設計された仕組みだがそこからこぼれるものも出てくる。実は主人公目黒が生産者をしているのは家族と一緒に暮らしたくないからだ。虐待とかなら救済手段は用意されてそうな気がするが、目黒の場合、自分でもうまく説明できない義理の父親への忌避感だったりする。しかも父親は存在感の薄い弱者タイプなのだ。作中ではこれ以上深掘りされないが、これは家族間のケア道徳への忌避な気がする。単なる道徳ではなくこの世界では憲法が改正され、家族間の相互扶養が義務づけられているようだ。家族という単位で縛られた再生産の場から逃避できるのが生産者が担っている役割のひとつで、実は生産者と消費者は名前と役割が逆だということが本書の隠されたメッセージだと思う。
★★