ジョージ・ソンダーズ(岸本佐和子訳)『短くて恐ろしいフィルの時代』

B09CCK9CMP

臓器と機械や植物を組み合わせたような異形の住民が住む世界。内ホーナー国という住民ひとりがやっと入れる国のまわりを外ホーナー国という相対的に大きな国が囲んでいた。内ホーナー国のほかの6人の住民は、自分の順番が来るのを待つ間外ホーナー国に設けられた一時滞在ゾーンに身を置いていた。反目しつつも守られていた平和と均衡が、ある出来事をきっかけに破られる。内ホーナー国がさらに縮小し、住民ひとりでもはみ出さざるを得なくなってしまったのだ。

フィルという「誰からも、ややひねこびているという以外にこれといって目立ったところのない平凡な中年男と思われていた外ホーナー人」が内ホーナー人から税金を取るという提案をする。これがほかの外ホーナー人に受け入れられ、頭角をあらわしていく。身体であるラックから脳が時折ずり落ちると、フィルの声量が大きくなり弁舌が冴え渡るという特異な能力やボディーガードとして雇った二人の巨大な若者たちによって、彼はついには外ホーナー国の大統領の地位を簒奪し、内ホーナー国の住民や外ホーナー国で自分に賛成しないものを「解体」しようとする。

コミカルな寓話という体でシュールな笑いとともに進行していくが、フィルが使うレトリックはがちだ。自分たちの誇りを鼓舞して自尊心をくすぐり、相手の異質さ、非道さを強調する。フィルは最後には破滅するのだけど、フィル的なものに憧れる心性は残る。

彼女には〝ふぃる〟がモンスターだとは思えない。むしろ不思議に美しい感じがする。彼女はときどき何時間も藪の中に座り、なぜだか自分でもわからないままに、よりよい世界のことを夢に見る。彼女やサリーのように、偉ぶらない、ずんぐりしたボール型の体つきをした人々によって支配され、いつだって短いセンテンスでわかりやすい正義が語られる、そんな世界を。

★★★