小野寺拓也、田野大輔『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』
現代においてもナチは悪の代名詞としておそらく最強で、だからこそ「ナチも良いことをした」という言説が斬新に感じられて、後を絶たないのだろう。しかもそれが昨今増えているという危機感のもと書かれたのが本書だ。
本書ではそうした言説のひとつひとつを個別撃破している。なかには〈事実〉として間違っているものもあるが、注目すべきは〈解釈〉としての間違いだ。歴史的事象はその切り取り方次第で真偽が変わってしまう。その切り取り方が事象の目的と文脈を鑑みて妥当かどうかが問われるのだ。ぼくは本書を読むまで(切り取り方次第では)ナチスがした良いこと、そりゃ多少あるだろう、それで喜んだり嘆いたりする方がおかしい、くらいに思っていたが、〈解釈〉のレイヤーまで踏み込むと、一見「良いこと」の例にみえることでも、そうでもないようなのだ。人それぞれの〈意見〉と異なり、〈解釈〉は、歴史研究者の間では一致できるし、一般人がそれを越える視座にたてるとは思えない。
結局のところ、〈事実〉のレイヤーでドイツ国民の福祉向上につながることが否定できなくても、彼らが正統なドイツ国民と認めた以外の人たち(ユダヤ人、障害者、同性愛者)への迫害や虐殺とセットだったり、戦争やそれによる収奪が前提だったりするのだ。例えば、ナチは確かに失業率をさげて経済を回復したのだけど、それはよくいわれるアウトバーン建設ではなく戦争準備の軍需によるものでいずれ破綻するものだった。
ナチのした「良いこと」が結果としてそうは言い切れないことがわかるのはナチの特殊性があると思うが、「良いこと」言説が蔓延するのは、その普遍性というか、ちょっと間違うとナチ的な体制におちこみかねない社会の危うさを示しているとも言える。
本書はスタティックに記述された書物でありながら、パフォーマティブでもある。著者のひとりの田野大輔さんはTwitterで、本書につられたナチのした「良いこと」についての言及をなぎ倒している。両輪での効果に期待したい。
★★★