フィリップ・K. ディック(山形浩生訳)『ティモシー・アーチャーの転生』
続けて三部作の完結編。でも、これまで二作の破綻含みののはちゃめちゃさからはほど遠い、まっとうな作品だった。まっとうといっても平凡とかではなく、とても質が高いのだ。神学論争や神秘体験などテーマに共通している部分はあるものの別物という印象が濃い。
タイトルにあるティモシー・アーチャーという聖公会の主教には、実在のモデルがいて、小説の中で描かれているのは、その死を含めて(おそらく「転生」以外は)ほぼ現実に起きたことのようだ。語り手は彼の息子の妻にあたる女性。彼女はすばらしくまっとうな人間だ。そのまっとうさゆえに友人の死を救えなかったことを悩むが、結局そのまっとうさを極めることでそれを乗り越えようとする。
三部作というくくりにこだわるならば、第一作『ヴァリス』で悲惨でありながら目を離せない説得力のある奇妙な陥穽を描き、第二作『聖なる侵入』でそれをセルフパロディ化し、この作品でそれらを全否定するまっとうさへと至る。
ディックらしいはちゃめちゃでぶっとんだ展開に期待しないといえば嘘になるが、そういう期待からは斜め上のとても上質な作品だった。
結果的にこれがディックの最後の作品になったわけだが、もっと長生きしてれば、ディックは別の形で現代文学に名前を残したかもしれないと思ったりする。この小説の登場人物みたいに結局彼も死には勝てなかったわけだが、それは決して運命的な死でも自滅でもなかった。
★★