海野十三『深夜の市長』
芦辺拓さんによると、戦前二大都市奇想小説は先日読んだ『魔都』とこの『深夜の市長』ということなので読んでみた。
長編というには短くて長めの中編といったところか。深夜の散歩を愛好する主人公は偶然殺人事件を目撃してしまう。危ういところを深夜の市長と呼ばれる謎の人物に助けられ、奇妙な事件の渦中へ巻き込まれてゆくというストーリー。
東京のさまざまな場所が登場するのがおもしろい。主人公の家があるのは浅草、深夜の市長がひそむ穴蔵は亀戸にある。銀座裏に妖艶な女性をたずね、丸の内で深夜のみそびえる謎の塔にのぼる。西の方では目黒にいって若い美女を助ける。いちばん印象的なのは当時の新開地隅田川東岸工場街の風景だ。
いくつか『魔都』と共通点がある。本作が1936年、『魔都』が1937-1938年ということで年代もほぼ共通しているし、リアルな東京の地理に地下や穴蔵などフィクションの地理が重ね合わせられているところ、そして警視総監がキーパーソンのひとりというのも同じだ。おそらく『魔都』の久生十蘭はこの『深夜の市長』を参考にしたのではないだろうか。
『魔都』もそうだけど、戦争の足音が鳴り響いているであろう時期にこんな豊かな都市生活の物語が書けたのは不思議な感じがする。思っている以上に戦争と日常は地続きなのだろう。