グレッグ・イーガン(山岸真、中村融訳)『アロウズ・オブ・タイム』
直交三部作もいよいよ完結編。母星への帰還の時期が舞台かと思っていたが、そうではなく《孤絶》搭乗者の第6世代、Uターン前後の時期がメインだった。
辞書を引くまでもなくタイトルは『時の矢』。本巻の探求のターゲットは時間だ。これまでの巻でこの直交世界では時間を逆行できることが示唆されていたが、本巻でそのことがさまざまな問題やパラドクスを発生させる。
前段としてUターンのときに、母星へ帰還するか、植民できる星を探すかで議論が巻き起こり、投票で負けた後者のグループが実力行使を計画する。それを未然に防いだのが今回の主人公の一組ラミロとタルクイニアのコンビだ。そしてその直後今度は未来からのメッセージを受け取ることができるメッセージ・システムの可否をめぐって世論は二分される。このときラミロは反対派の急先鋒として立つ。対するに賛成派は物理学者アガタだ。彼女はメッセージ・システムの発案者メドロの親しい友人だった。投票の結果僅差で賛成派が勝利するが、世論は二分されたままとなる。そんな中メッセージ・システムの製造現場をねらった爆弾テロが発生し、メドロが犠牲者のひとりとなる。ラミロも容疑者として拘束されるが、彼は諍いの種をなくすためメッセージ・システム反対派の植民を提案し、探査のためタルクイニア、アガタ、そして植物学者アゼリオとともにエシリオという星をめざし往復12年の旅に出る。エシリオは時間の矢が逆転している星だった……。
ここでイーガンが設定している時間モデルは直線的なものだ。起きるべきことは必ず起きタイムパラドックスは発生しない。ただし、確定した事象に対しなぜそれが起きたかという原因が不明な場合、どの原因だったかというのは確率的でその確率を上下させることには意味があるようなのだ。ベイズ確率的な考え方だ。これはおもしろい。
そして、これまでの2作で語られた生殖をめぐる変化は本巻でも続く。当初、女性が生殖と引き換えに死をしいられていたが、前巻で「剥産」という生殖の方法が発明され、それにより女性の命は救う代わりに男性が生まれなくなるかに思えた。だが、本巻ではさらに進歩して男性も「剥産」で誕生するようになっている。ただし、子供を育てる役目を社会的に押しつけられている。ラミロのメッセージ・システムに対する反発もそれが原因になっているのだ。それがどう解決するのかも本書の見所だ。ちょっと皮肉な解決だが。