北杜夫『星のない街路』
北杜夫のSF作品の『不倫』が読みたくて(タイトルは失念していた)この前SF作品集『人口の星』を読んだのだが収録されてなくて、ほんとうはこっちを読むべきだった。表題作だった『人口の星』は本編にも収録されている。そのほかの作品も、北杜夫の短編集一冊選ぶとしたらこれという感じの、バラエティに富み、かつレベルの高いラインナップだった。
『どくとるマンボウ航海記』を裏側から描いたような濃霧で足止めされた船上の幻想と憂愁が交錯する『河口にて』。まだ壁ができる前(!)のベルリンを舞台に日本人の学者と東ベルリンからの難民少女の不毛なふれあいを描いた『星のない街路』。そして最近読んだばかりの『人工の星』。あらためて読むと広告の全体化、監視社会などけっこう未来(つまり現代)の姿を的確にとらえている。お得意の山岳小説でラストが鮮烈な『異形』、地球人とは対照的な、異星人たちの愛と倫理の形を描いた『不倫』、医師という立場から人間の生と死をみすえた『薄明るい場所』。
そして一度読んだはずなのに完全にその存在を忘却していたが、『浮標』という作品がとても印象に残った。1951年の朝鮮戦争の折、中国語が堪能なことで目をつけられた日本人の男たちが、極秘裏に米軍の将校扱いで韓国に送られ、無線の傍受をする。元軍人の老人から山っ気のある若い男までの混成部隊だ。戦地の緊張とそれが日常化していく様がとてもリアルに描かれている。隣で同様の任務についている韓国人部隊の李という男の言葉が深くささる。
すべての作品に共通するのは「やさしさ」な気がする。しかしそれは不毛で役に立たないのだ。それでも「やさしく」あろうとすることをやめられない。