レイモンド・チャンドラー(村上春樹訳)『プレイバック』

プレイバック

『みみずくは黄昏に飛びたつ』を読んで半年くらい前に発売されていたことに気がついた。

チャンドラーが完成させた最後のマーローものの長編小説。以前、清水俊二訳で読んだときはなんだかピンとこなかった。世評も概ねそんな感じで、巻末の訳者村上春樹による解説(これを読むのが本編を読むことにに匹敵する目的だったりする)によると「一級の作家の書いた二級の作品」といわれているそうだ。ただ日本では「タフでなければ生きていられない。優しくなければ生きている資格がない」という生島治郎訳の名台詞が一人歩きして有名になっている。海外ではそんなことはまったくないらしい。ただこの訳は原文の If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive,. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive. の細かいニュアンスを伝えきれてないようだ。村上春樹がどう訳したかは是非ページを開いてみてほしい。

マーローはいつに増して迷走している。その割には起きる事件や解き明かされる謎は(もちろんマーローものでそういうものは付け足しに過ぎないのだけど)それにしても単純すぎる。そして何より違和感を感じたのは、あらゆることにとことんストイックだったマーローが今回はいとも簡単に複数の女性と何度か床を共にする。さらにある女性(金戒の物語とは無関係)への恋情をちょっと女々しい感じで口にしたりして、最後にはその女性との結婚を匂わせるところで終わるのだ。その分、金に対するストイックさは厳格な気はするが、がっかり感は否めない。

しかし、目をこらせば、ほとんどワンシーンしか登場しない魅力的な登場人物たちがいつも以上にすばらしい。マリワナ中毒のホテルの駐車係、話し好きで耳が遠い老人ヘンリー・クラレンス4世、汚いスペイン語を話すオウム。そして、例の決め台詞以外にも気の利いた言葉の応酬があっちこっちで繰り広げられている。最終的にはそう悪くないという評価に落ち着いた。