ウラジーミル・ソローキン(望月哲男、松下隆志訳)『青い脂』
はじめてのソローキン。まったく予備知識なしに読み始めた。
冒頭、シベリアの奥地で7ヶ月間の極秘任務についた生命文学者ボリス・グローゲルが年下の同性愛の恋人に送る書簡という形で物語は進められる。任務は青脂という温度とエントロピーが不変の物質の製造だ。そのためにロシア文学の文豪のクローン(といっても姿形はまったく異なりグロテスクに変形させられている)に作品を執筆させる。青脂はその副産物として得られるのだ。ドストエフスキー、チェーホフ、トルストイ、ナボコフ……。ボリスの中国語やスラングで溢れた(巻末に註はあるものの半分くらい意味不明な)手紙で綴られる施設内のただれた人間関係の中に文豪たちの作品が入り込んでくる。この作品たちはもとの文豪の作品のエッセンスを感じさせながら、その姿形同様ねじれていて、ずっとそういう形で物語は進んでいくものだと思っていた。ところが、ところが……。
主人公のはずのボリスはあっけなく命を落として物語から退場し、とある宗教団体のアジトの中に青脂は運び込まれる。青脂は運び手を変えながらアジトの下層へ、下層へと降りてゆく。そして青脂もろとも舞台は1954年のロシアへとタイムスリップする(そのときにもともとの物語の年代が2068年であることが判明する)。1954年といっても史実のままではなく歴史改変された世界だ。1953年に亡くなったはずのスターリンは存命でこのパートの主人公的扱いだ。スターリン本人もかなり異なっていて公然と麻薬を注射し、フルシチョフとは同性愛の恋人同士だ。第二次大戦でドイツが勝利を収めヨーロッパはドイツとソヴィエトで分け合っている。スターリンは青脂を入手するとフルシチョフと家族を連れヒトラーが待つアルプスへと旅立つ……。
茫然とするしかない急展開、そして全体に漂う変態性。ここまで突き抜けた作品は初めてだ。訳者後書きには後年の作品はもう少し大人しい的なことが書いてあったので、この作品から読んだのは正解だった。