グレッグ・イーガン(山岸真、中村融訳)『クロックワーク・ロケット』
異形で独自の生態と文化を持った知的生物が科学技術で世界の有り様を探るなかで危機に気がつきそれを乗り越えようとする姿を描いているのは『白熱光』も同じだが、そちらではぼくらの住む宇宙の中の話だったが、本作では別の物理法則を持つ別の宇宙が舞台になっている。
ぼくたちの宇宙の相対性理論は時間と空間の等質性が示されているけど、時間は空間とは別の特別扱いが必要なものだった。本書の中の物理法則ではそれが完全に同質で置き換え可能になっている。そうすると光が色(波長)ごとに速度が異なったり、宇宙旅行をして帰ってくるとロケット中では長い時間が流れているという、この宇宙におけるウラシマ効果とは逆の効果があったりする(そのことが宇宙へ旅立つ理由となる)。このあたりのしくみが数式を使わず言葉とグラフで説明されているが、正直読み進めるのがつらかった。巻末に解説がついているのでその場は読み飛ばして要点だけ押さえることをお勧めしたい。
この世界における知的生物「ヒト」の生態が興味深い。腕や脚を自由にはやせたり、目が4つあるのも違うが、最大の違いは、基本女性の単為生殖で自分の分裂(死)とともに男女2人ずつの子供が生まれることだ。男性は生殖能力を持たず、生まれた子供の世話を受け持つ。通常は同じ母から生まれたペアがこれらの役割を分担する。社会的には男性優位で女性は生殖=死を早期に果たすように要請される。地球人でも生殖に対する圧力はきついが、こちらでは死がかけられてしまっている。
本書はこの世界を描く三部作の第1巻で、ペアを持たずに生まれてきた女性単者のヤルダが、回転物理学を発見し、危機の解決のために山まるごと宇宙に旅立ち、その中で困難に立ち向かう様を描いた一代記になっている。残りの2巻も今年中に飜訳、刊行されるようだ。