フィリップ・ロス(中野好夫、常盤新平訳)『素晴らしいアメリカ野球』

素晴らしいアメリカ野球 (新潮文庫)

村上柴田翻訳堂のシリーズから出たのでどちらかの新訳かと思ったら旧訳の復刊だった(柴田氏に注釈と村上、柴田両氏による対談がついている)。フィリップ・ロスの作品を読むのは『プロット・アゲンスト・アメリカ』に続いて2作目だ。テイストは異なるものの、実際の歴史と異なる別の歴史を綴るという点が共通している。

原題は “The Great American Novel” でつまり『素晴らしいアメリカ小説』なのだが邦題は『小説』が『野球』にすり替わっている。列挙法と文学的ほのめかしに満ちた長いプロローグを読んでいるとなんで邦題を変えたのか訝しく思えてくるが、本編はまるまる野球の話で、むしろふさわしいタイトルに思えてくる。

アメリカンリーグとナショナルリーグ以外のもう一つのメジャーリーグ愛国リーグに関する物語。第二次大戦前後不祥事の連発で歴史から抹消されてしまったという設定で、スミティという引退した元野球記者がその存在を世に問おうとして書かれたのがこの小説という体をとっている。

傍若無人な新人投手ギル・ガメシュと老審判<拡声器>マイクとの死闘を皮切りとして、ホームグラウンドを失った万年最下位チームマンディーズの放浪の旅路をメインに描く。主力選手を徴兵されて他のチームも手薄なんだけど特にマンディーズの選手たちのフリーキーぶりは際立っている。ティーンエイジャー、老人、片腕の外野手や義足をつけたキャッチャー、投げるたびに腕の痛みで悲鳴をあげる投手、そしてそこに身長1メートルたらずの投手が加わる。差別すれすれどころか完全に差別としか言いようがないが、とりあえず笑うしかない。その差別の矛先がもっとも鋭く向かうのはユダヤ人たちだ。フィリップ・ロス自身がユダヤ人であることを考えると複雑だ。

とことんブラックで残酷で、それでいてポップで、野球とアメリカに対する愛と憎しみに満ちた物語だった。