『一番悲しい詩』 by パブロ・ネルダ

このサイトの目下暫定の副タイトル “sad songs for sad nights” には特に意味なんてないんだけど、まあ人はなぜか悲しい歌をききたくなるよね。特に夜に。それが楽しい夜であっても、悲しい夜であっても、特にどうってことのない夜であっても。たいていの夜は特にどうってことのない夜だ。悲しい歌はそんな無色の夜に色をつけてくれる最大の娯楽なんじゃないか。そうやって悲しい夜という虚構がうまれてゆく。なんていうことはこれっぽっちも考えてない。まあ、そういうこととはあまり関係なく、偶然、悲しみと夜に関する詩が見つかったので訳してみようと思ったわけだ。でも、結構ベタに失恋の詩で、女々しすぎる気もしたのだが、そういうときは女々しくなるもので、その女々しさをうまく訳せればいいなと思い、やっぱり訳してみた。チリの詩人だから原詩はスペイン語だったかもしれないが、見つけたのは英語バージョンだ。

今夜は一番悲しい詩がかけそうだ

たとえばこう書く「星でいっぱいの夜
星は、青い星たちは、遠くで震えていた」

夜風は宙に舞い、音を立てて通り過ぎる

今夜は一番悲しい詩がかけそうだ
彼女を愛していた、ときどき彼女もぼくを愛してくれた

こんな夜には彼女を抱きしめ
限りない空の下何度もキスをした

彼女は愛してくれた、ときどきぼくも彼女を愛した
彼女の大きくて静止した目を愛さずにいられただろうか

今夜は一番悲しい詩がかけそうだ
彼女がぼくのものじゃないと思うために。彼女を失ったことを感じるために。

巨大な夜の音をきくために、夜は彼女がいないともっと巨大だ
この詩は露が草に落ちるみたいに魂に落ちてきた

ぼくの愛が彼女をつなぎとめられなかったことなんてどうでもいい
星でいっぱいの夜に彼女はぼくといないのだから

それだけだ。遠くで、誰かが歌う。はるか遠くで
ぼくの魂は彼女がいなくて迷子になっている

彼女を引き寄せようとするために、目は彼女をさがす
心も彼女を探す 彼女はぼくと一緒じゃない

同じ夜、同じ木々が白じむ
でもぼくらはもう同じじゃない

もう彼女を愛してない、ほんとうに。 でも愛していた
ぼくの声は彼女の耳に触れるために風の中を探しもとめる

他の誰か、彼女はいずれ他の誰かのものになるだろう、かつて
ぼくのキスを受けとめていてくれたように
彼女の声、軽いからだ、限りない目

もう彼女を愛してない ほんとうに。 でもひょっとしたら愛している
愛はとても短く忘却はとても長い

こんな夜には彼女を抱きしめた
ぼくの魂は彼女がいなくて迷子になっている

これは彼女がもたらす最後の痛みかもしれない
これは彼女のために書く最後の詩かもしれない