Life on Mars
配役で犯人がわからないようにしているところや、ちゃんと最後にどんでん返しを用意しているところなど、『相棒』をみて日本の刑事ドラマも進化したなと思っていたが(ミッチーが初登場する回はだめだめだったし)、まだまだ海の向こうにはかなわないなと思う。
いや、アメリカのドラマは、視聴者をあおる技術だけが進化して、長続きさせることだけが目的といわんばかりのあさましさに、何度も裏切られ、ちょっと幻滅しつつある。すごいと思うのは、イギリス製のドラマだ。特に刑事ドラマ(コップ・ストーリー)がおもしろい。
主役を張るのはモース、ウェクスフォード、バーナビー、フロストなど数々の個性的な刑事たち。彼らの階級はほとんどの場合警部(chief inspector)だ(余談だが、日本語に訳されるときに “chief inspector” を「主任警部」、“inspector” を「警部」としていることがあるが、職制上、それぞれ「警部」、「警部補」と訳すのが適切だと思う。上にあげた中でいうとフロストは inspector)。さて、そのリストにさらに二人の刑事が付け加わった。“Life on Mars"に登場するサム・タイラー警部(補)とジーン・ハント警部だ。
“Life on Mars”、邦題は「時空刑事1973」。現代(2006年)のマンチェスターで警部の職にあったサム・タイラー(ジョン・シム)は、捜査中自動車事故にあい、意識を失う。目覚めると彼は1973年に飛ばされていた。そこでも彼は警察官。ただし、ワイルドなジーン・ハント警部(フィリップ・グレにスター)の下に警部補として転任してきたということになっている。タイムトラヴェルの謎とカルチャーギャップにとまどいながら、ハントと協力して事件を解決するサム。果たして現代に戻れる日はくるのか……。
サムは繰り返し幻覚、幻聴におそわれる。2006年における彼の身体は昏睡状態にあるらしく、その様子やまわりの人々の声、その他奇怪なイメージが、テレビ、電話、無線などを通して、届けられる。そのあたりの描写がP.K.ディックの小説ばりにシュールだ。幻覚は現実で、彼はほんとうに未来からきたのか、あるいは発狂しているのか、みているほうもだんだんわからなくなってくる。そんなふうに、通常のコップ・ストーリーが横軸に、サムの個人的な物語が縦軸となって交差する。
繊細で生真面目で柔弱なサムと対比的に、ハントは大胆で型破りだ。汚職に手を染めていて、容疑者に暴力を使うことをいとわない悪徳警官なんだけど、どうしても憎めない存在として描かれている。ちょっと閉塞感のあるこの物語に、ハントの豪快さが、笑いと明るさを与えているのだ。彼をしばらくみないとさみしくなる。この習慣性はぼくだけの個人的な現象ではないらしく、先頃までイギリスで放映されていたこの作品のスピンアウト “Ashes to Ashes” にも継続してハントが登場しているらしい。
タイトルになっているデイヴィッド・ボウイの “Life on Mars"をはじめとして、使われている曲は70年代はじめの活きのいいロックンロールばかり。70年代の風俗、ファッションや音楽もこの作品の魅力の一つだ。
DVD8巻、全16話をすべて見通したけど、最後まで緊張感を失わないすばらしい作品だった。こちらの想像力に委ねられたようなラストもほんとうに最高だった。ほどけないひものようなものがずっと心の中に残り、見終えてしまったことが、とてもさみしくなる。
“Ashes to Ashes” の方も、国内で放映したり、DVDを発売してほしいと思う。 いや、それより、英語をもうちょっとちゃんと勉強して、ヒアリングできるようになればいいのだろうが。