ポール・オースター(柴田元幸訳)『孤独の発明』

孤独の発明 (新潮文庫)

小説を発表する前の初期に書かれた自伝的要素の入ったエッセイ。『孤独の発明』という統一したタイトルがつけられているが、収められている二編『見えない人間の肖像』、『記憶の書』は文章のトーンも違うし、別の作品と考えた方がいいと思う。

『見えない人間の肖像』はオースターの父親が亡くなった直後に書かれたもので、一見社会的にそつなく生活しているようにみえながらその実、自分の殻の中に閉じこもり続けた父親の姿、およびそれによって疎外感を味わった少年時代のオースターの姿を描きつつ、ペンの力で父親の孤独の秘密を解き明かそうとした作品だ。まるでそれがオースターなりの弔いの方法でもあるように。父親が幼い頃に起きた家族間での血なまぐさい殺人事件が、サスペンス的な盛り上がりを与えているけど、結局それで何かが明らかになるわけではない。最後は、父親のよかった思い出がいくつか浮かび上がって、自分が悪い息子だったという後悔というより諦めの念で終わってゆくのだ。

こういうテーマだとぼくはある人のことを思い出さずにはいられないのだけれど、社会的にはオースターの父親の方が圧倒的に成功した人間だったにも関わらず、人間としての小ささというか、自分の重みに耐え切れず爆発した超新星の名残の矮星のように、極端に狭い場所に自分の心を閉じ込め続けたところは、そっくりだなと思うのだ。ある種の類型なのかもしれない。

もう一編の『記憶の書』の方が、構成的にも内容的にもはるかに優れた作品。家庭が崩壊し、エレベータのない取り壊し寸前のビルの一室で、オースター自身とおぼしき主人公Aが、自分自身の記憶や過去のさまざまなテキストからの引用をちりばめながら、記憶というものの神秘、書くことの孤独について書きつづった作品の創作ノートという形をとっている。もちろん創作ノートそのものが作品なのだ。これを読むとオースターの小説にでてくるいくつかのエピソードが、実際オースター自身の身におきたできごとだということがわかるし、オースターの作品独特の「無」に対する畏怖のような感情がどこから生まれてきたのかなんとなくわかるような気がする。

…世界もまた、その中にある事物の総計ではない。世界とはそれら事物の間に存在する、無限に錯綜した結びつきの網の総体にほかならない。

★★★★