ジェローム・K・ジェローム(丸谷才一訳)『ボートの三人男』
遠くにあるものをながめるとなぜだかゆったりした気分になれるもので、19世紀末のイギリスのボート遊びの話は、遠すぎて見えないわけでもなく、ちょうどいいくらいの遠さなのだった。でも読んでいて感じたのは遠さより近さの方で、風物は異なれど何がgoodで何がbadなのかという感じ方は共通だなと思った。それは都市で生活するということの共通性なのかもしれない。
テムズ川の岸辺にボートを曳いて歩くための道がある(というより1世紀以上の昔のことなのであったというほうが正確だろうか)ということからわかるように、テムズ川の川遊びは当時のロンドン市民の娯楽の上位に位置していたようで、この作品も小説というよりは、半ば観光ガイド的な目的で書かれたものらしく、地名や、宿屋の名前、歴史上の挿話などがふんだんに登場する。
それにしても思うのが、この時代の生活の優雅さで、主人公たちは、二週間もかけてゆったりとした船旅を楽しむのだ。現代のせせこましい生活からは信じられない。100年かけて得たものと失った物を天秤にかけると失ったものの方が多いのかもしれない。
ユーモア小説などど背表紙に書かれていて古臭いような感じを持ってしまったが、イギリスならではなのかどうかわからないけどモンティパイソン風の毒を含んだユーモアは古びることはなく、そういうものを見たり聞いたりしたとき独特の含み笑いを今この瞬間にもたらしてくれたのだった。
★★★