ジャン=フィリップ・トゥーサン(野崎歓訳)『カメラ』

カメラ (集英社文庫)

読み終わった直後に、今自分が読んでいたのがどんな本だったか確認するため、もう一度最初のページからめくる必要があるような本だ。薄いし、その中では出来事らしい出来事は数えるほどしか起こらない。「カメラ」というのも後半の数ページに登場してすぐに捨てられてしまうだけなのだ。日常のささいな物事に象徴的な意味をもたせようとするところは、日本のいわゆる私小説に近いような気がする。

『浴室』とちがって今回の主人公は一応そつなく世の中を渡っているようなのだけど、表向きの人を食ったような態度とはうらはらに、同じように時間がながれていゆくことへの不安を感じていて、呪術的といってもいいような方法で時間の流れをくいとめようとしているように見える。必要なことをなかなかやろうとしないのもそうだし、個室で瞑想にふける癖もその手段の一つだ。こういう主人公の内面と、皮肉まじりに描かれる日常の出来事が、どうもうまくひとつになってくれずに、最後の「生きている」にたどりつくまで、えらく遠回りをしているなという印象が残ってしまった。