アントニオ・タブッキ(鈴木昭裕訳)『レクイエム』

レクイエム

4冊目のタブッキ。構成としては『インド夜想曲』によく似ていて、ロードムービーのようにいろいろな場所を訪ね歩き、さまざまな人に出会うというもの。『インド夜想曲』ではインドが舞台だったが、今回はポルトガルの首都リスボン周辺だ。タブッキ自身はイタリア人でイタリア語で作品を発表している作家だが、この作品に限ってはポルトガル語で書かれている(邦訳はそれをイタリア語に訳したものをベースにしているので複雑だ)。

さ迷い歩くのは現実のリスボンというよりは、主人公の幻想の中のリスボンで、出会う人間も生者死者さまざまだ。まるで夢の中のような宙ぶらりんな会話が心地いい。『供述によるとペレイラでは……』でそうだったように、ここでも語られたことより、語られなかったことに味わいが隠されていて、自殺した恋人イザベルとの出会いは語られない。

「はじめに」で引かれるドルモン・ジ・アンドラージの言葉はまさにこの物語そのものを指しているように思われる。

ぼくはヘンデルを友だちに持ちたいとは思わない。大天使の朝の合唱なんてまっぴらだ。街がはこんできてくれたもの、なんの教訓も残さずに、ぼくらの命同様、きれいさっぱり消えるもの、それさえあれば充分なのだ

★★