阿部和重『無情の世界』

無情の世界 (新潮文庫)

3篇からなる作品集だけど、なんといっても冒頭の『トライアングルズ』がすごい。小学校6年生の少年である主人公が、父親の愛人であり、かつ唯一信頼できる家庭教師の先生のストーキングの対象である女性にあてて書いた手紙の中で、これまで彼女と自分の家族そして「先生」の間に起きたできごとの背景を説明していく。子供と思えない根源的な思考に基づいた文体、どことなく神話のようなエピソード。最後にはほんとうにこの手紙を書いたのが誰なのかわからなくなるという仕掛けがあるのだけれど、その仕掛けすら意図的なミスリードのように感じる。

表題作の『無情の世界』と、最後の『鏖(みなごろし)』は快楽殺人や不倫、衝動的な暴力、盗み等、アノミーの支配する世界のカリカチュア。小説としての深みは感じないけど読ませる。

阿部和重はこれから注目したい作家の一人だ。

★★★