ウイリアム・ギブソン(黒丸尚訳)『ニューロマンサー』

ニューロマンサー

サイバーパンクのバイブル的作品。『攻殻機動隊』や『マトリックス』などの想像力の原点がこの中につまっている。

ハッキング(クラッキング)は現代の、端末の文字や記号相手におこなうものではなく、コンピュータの中に没入(ジャックイン)してバーチャルリアリティを体験しながらおこうものになっている。主人公のケイスは、数年前雇い主を裏切ったことで、その能力を奪われてしまうが、能力を復活させる代わりにある仕事を引きうけてほしいという誘いにのる…。

暴力と退廃が支配する世界。モラルというものはなんの意味ももたず、ケイスも過去さまざまな悪事に手を染めてきた男だ。読者は彼の人間性に感情移入するんじゃなくて、生理的な感覚に感情移入させられる。

P・K・ディックは「もうひとつの世界」を現出させるのにドラッグという小道具を使い、ギブソンはコンピュータを使うというちがいはあるものの、「もうひとつの世界」の悪夢的な様相はとても似通っている気がする。ただ、ディックには宗教的・形而上学的な疑問の投げかけみたいなものがあったような気がするけど、ギブソンにそれはない。

多くの犠牲をはらいつつケイスはラストで目的を果たすが、そのことによって世界は一見何も変わらないように見えるし、ケイス自身も能力の完全復活だけがほとんど唯一の賞品だ(手裏剣は放り投げてしまう)。そこでは「何のため」という問は徹底的に無意味だ。でも、そこにはなんともいえない不思議な詩情がただよっている。

ところで、文章にかなり意味不明なところがあったのは翻訳のせいか、それとも原書からしてそうなのだろうか。

★★★