ベルンハルト・シュリンク『朗読者』

朗読者 (新潮文庫)

15歳の少年「ぼく」と36歳の女性ハンナとの間のつかの間の恋。それはハンナの謎めいた失踪とともに突然終わりをつげる。それにはハンナのかかえる二つの秘密が関わっていた…。秘密のうちひとつは、ナチスのホロコーストに加担した過去。「ぼく」は法学の学生として、ホロコースト裁判の被告席に立たされたハンナと再会する。そして、やがて彼女のかかえるもうひとつの秘密―文盲に気がつく。その秘密を守るため、彼女は厳刑に甘んじようとする。そして…主人公の「ぼく」はいくつかの思いにひきさかれて考えこむばかりで中途半端な態度をとることしかできない。それは結局予定されていたような悲劇を呼び込む。

もし、この同じ題材をカート・ヴォネガットなりポール・オースターなりが小説にしていたら全然違うものになっていただろう。もっとドラマチックで、何か大きなものの存在をを感じさせて、多分読後には強烈なカタルシスを得ることができただろう。この小説にはそういうものはない。抑制がきいて飛躍がなく淡々とした描写を積み上げるような文体だし、描かれるのは、決して成長することのない主人公のどうどう巡りの罪悪感と迷い、そしてちっぽけな自我を守るためにそのほか全部を売り渡そうとするハンナの倒錯した態度、それに人を融通のきかない機械の部品に変えてしまう戦争というものなど、ドラマにはそぐわない等身大の人の卑小な姿だ。

それだからこそ、カタルシスを感じて発散してしまうことのできないような、メタでより一層本質的な悲しみをそこに感じた。

★★